現在アートステージでは茶道具逸品展を開催中です。

その中から 5代清水六兵衛の黄伊羅保茶盌をご紹介いたします。と言っても河井寛次郎関係のお話しです。

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(五代 清水六兵衛 黄伊羅保茶盌)
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2013年に愛知県陶磁資料館(現・陶磁美術館)で大規模な清水六兵衛家を特集した展覧会があり、清水六兵衛家の代々作品が一堂に展覧されました。

三代から五代は磁器の洋食器なども作り、特に五代は新しい事をやられています。アールヌーヴォーの影響があったと感じられる作品から、仁清風の作品、青磁など手掛けています。

河井寛次郎の五条坂の窯は清水六兵衛から譲られた窯なのですが、寛次郎の年譜を紐解くと

大正3年(1914)24歳で東京高等工業学校を卒業し京都市(立)陶磁器試験場に入り

大正6年(1917)27歳で京都市(立)陶磁器試験場を辞し、自家製陶を開始。以後約2年間清水六兵衛の釉薬顧問を務め各種の釉薬を作る。寛次郎自らは辰砂・鉄砂・天目釉を試みる。

大正9年(1920)30歳で京都市五条坂鐘鋳町の清水六兵衛の持窯を自らのものとし、鐘渓窯と命名し、住居と工房を構える。

つまり、5代清水六兵衛の多彩な釉薬には河井寛次郎の力が少なからずあったことと思われます。窯を譲られるほどの信頼関係が存在し、その後の寛次郎にとっても清水六兵衛との出会いは重要であったでしょう。

5代清水六兵衛に出会わなかったら・・・ いろいろな事が変っていたかもしれませんね。

なぜか話が六兵衛から寛次郎になってしまいましたが、5代六兵衛の作品にはそれだけ時代を引きよせる力があったと思います。

 

茶道具逸品展

  • 2/26~3/4

本席でお使いいただける逸品から、茶懐石・お稽古用にお使いいただける茶道具まで、流派問わず取り揃え展示販売いたします。何卒ご来場くださいますようお願い申し上げます。

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